こどもの本

私の新刊
『小さなイルカ わたしはスナメリ』 松橋利光

(月刊「こどもの本」2021年11月号より)
松橋利光さん

見せるだけじゃない水族館の役割

 水族館の飼育員になったばかりの頃、たった一人の宿直がすごく嫌いでした。まだ個体識別をできる自信もないのに夜間に調子のすぐれないイルカへの投薬、それらの詳細を記録するための飼育日誌、他にもプールの濾過層の水圧など様々な機器類の数値の記録、そして海から海水を吸い上げるポンプの流量管理は責任重大で干潮の日などはバルブの微調整のため一睡もできませんでした。それに加え簡単に壊せそうなオンボロ裏口、深夜目の前の海岸で騒ぐ同年代の若者、フェンス越しに館内を覗き込む怪しい人影、地下室の迷い猫……そんなストレスの多い宿直での唯一の癒やしがスナメリでした。スナメリのプールは当時としては珍しく横から見られる構造で、水槽の前に立つとスナメリたちがこちらを覗き込むように顔を近づけてきてくれる。それはそれは可愛らしくて、心強くて(笑)仕事の合間や明け方にはいつもスナメリの水槽のまえで過ごすほどでした。

 スナメリは日本の沿岸に暮らしていて湾内に入ってくることも多いので、最も身近なイルカとも言われています。でも飼育している水族館は少なく全国に6館ほどしかありません。カメラマンになってからスナメリに再会したのは鳥羽水族館。鳥羽水族館さんには様々な企画で撮影に入らせていただいていましたが、撮影でスナメリに会いに行くと、これはオスでこれはメスか〜、あれ?あの子はお腹が大きい気がするな?と、撮影を忘れてついつい飼育員時代のような目線で観察していることに気づき、スナメリという生き物のことや水族館の担う役割を皆さんにもっと知ってほしいという思いが芽生え、スナメリの子育てを題材にこの本を企画しました。5年にわたりスナメリやお世話をする飼育員さんの撮影をさせていただき、ブリーディングローン(繁殖のための動物の貸し借り)のための他水族館への大移動まで密着撮影させてもらいました。撮影を続ける中で2度の出産のチャンスがありましたが、我が家から鳥羽水族館までの6時間の道のりではどちらも出産に間に合わなかったのが悔やまれます……。

(まつはし・としみつ)●既刊に『生きものの持ちかた』『奄美の道で生きものみーつけた』『くらべてわかるカエル』など。

『小さなイルカ わたしはスナメリ』
新日本出版社
『小さなイルカ わたしはスナメリ』
松橋利光・写真・文/鳥羽水族館・協力
定価1,650円(税込)