こどもの本

私の新刊
『「牛が消えた村」で種をまく』 豊田直巳

(月刊「こどもの本」2018年11月号より)
豊田直巳さん

300年後にまで残したい記録と記憶

 いま福島に行くと風評被害という言葉を聞いたり、目にしたりしない日はないでしょう。テレビや新聞、あるいはインターネットで毎日、流布されるからです。たとえば、インターネット(グーグル)で「福島 風評被害」で検索してみると約66万9000件ヒットします。これは同じ東日本大震災と大津波の大きな被害を受けた「岩手 風評被害」ヒット数の3倍以上。同じく宮城のヒット数の2倍を大きく超えます。

 しかし、「福島の風評被害」の言葉の広がりは、風評による被害を意味しません。原子力規制委員会が2400台のモニタリングポストの撤去方針を出した際にも、県内の自治体首長から、目に見えるモニタリングの存在が「風評を生むこともある」との言葉が出ました。「福島は放射能汚染されているという風評によって農産物販売や観光業が被害を受けている」という認識が国や地方自治体などにはあるからです。

 ところが、残念なことですが、福島県全域ではないにしても極めて広い範囲が放射能、とりわけ半減期30年のセシウム137に汚染されているのです。2011年に爆発した福島第一原発から漏出した放射能の汚染地図を見れば一目瞭然です。それは除染によって何とかなるというレベルではないのです。放射性物質を扱う研究室などの室内での事故の話ではないのですから。

 そうした放射能に「ふるさと」を追われた人々の7年を伝える本書(写真絵本シリーズ)の舞台「飯舘」だけでなく国の避難指示の解除された広範な地域で、今も放射能を恐れなければならないという「実害」が続いているのです。

 しかし、です。それでも人々は、その実害に向き合いながらも、さまざまな事情や思いを抱え、一方で夢や希望も持ちながら、日々の暮らしのなかに生きています。70余年前に日本が戦争下にあったときも、そうであったように、です。

「風評」という言葉で覆い隠せない福島の原発事故の被災者の実人生と実害の記録と記憶を、セシウム137が消える300年後にまで残したいと、私は想い、願いました。

(とよだ・なおみ)●既刊に同シリーズ『「負けてられねぇ」と今日も畑に』『「孫たちは帰らない」けれど』、『戦争を止めたい』など。

『それでも「ふるさと」シリーズ』『「牛が消えた村」で種をまく』"
農山漁村文化協会
『それでも「ふるさと」シリーズ』
『「牛が消えた村」で種をまく』
豊田直巳・写真・文
本体2、000円